パネル討論概要
Q1(松井)
福島事故により、技術に対する不信が蔓延している状況で、原子力の安全をきちんと見直し、新しい方向を皆さんと議論したいと思います。昨年までは、原子力ルネッサンスがメインでしたが、3.11事故後、原子力を再興するには、安全をきっちり議論して、皆さんに納得して頂かないと、先に進めていくことはできないと考えています。
第1回シンポジウムと第1回公開討論会では、安全と安心、リスクの問題等、大変参考になるご意見、ご議論を戴きました。本日は、3先生に、それぞれの領域についてご専門の立場から安全についてご紹介あるいはご意見を賜りましたが、このパネルでは、まず、今一度、福島事故に係る安全確保に関する認識についてお話頂きたいと思います。
A1-1(杉浦)
外部に出た放射線に係る安全の観点からは、初期段階から落ち着いてきており長期対策の段階へと移行していることを考えると、目安基準値について、数値だけで高い、低いというのではなく、背景も含めて考えていく必要があるのではないか、バランスを見て、落ち着くところを決めていく必要があるのではないかと考えています。
A1-2(田村)
地震・津波対応、電源対応がどのようであったか、異常事態発生時点の対応、その後の進展における対応、汚染への対応等、整理しておく必要があります。
A1-3(吉倉)
今までは、事故後の低線量被爆の長期影響は、きちんと評価できていなかったと思うので、今回の事故を契機に、データを蓄積していくことが大切ではないかと考えています。これにより、将来に向けて、より現実的で適用可能なエビデンスベースで、行政対応できる数値がえられるのではないかと思います。
Q2(松井)
公衆が基準値をどのように考えるかは課題であろうと思いますが、最初に、放射線防護の考え方の最適化について、IAEAの除染に係る中間報告の中で、日本側は「最適化」を理解していないのではないか、との表現があり、これは、リスクと、その緩和のためのコストの議論が最適化の話と思われますが、個人レベルで考えたとき、最適化にどういう意味があるのか?どう考えればよいか?何かお教え頂ければと思います。
A2(杉浦)
放射線防護に係る三原則(正当化、最適化、線量限度)のところで話しましたが、例えば、放射線照射の試験を考えると、全体の活動自体が正当化されるのか、最適化されるのかということは、どのレベルまで遮蔽壁をつくるかというのが最適化であり、線源関連の考え方で行為自体がいいかというのが正当化の考え方です。一方、個人についてみると、放射線防護的には、正当化と最適化を線源関連の量としてコントロールして全体的として制限しようとすると、一人ひとりについていろいろな被曝があるので、そのトータルとして個人のリスクは別に考えるということとなり、どこでバランスするかというのは個人と結びついてきません。
Q3(松井)
吉倉先生の避難指示勧告の話に関連すると思いますが、福島で発せられた場合には大きな問題になったのではないかと思います。大熊町で老人介護施設の患者の避難に際し、結果的に50名が亡くなったということがあったようですが、放射線の影響と避難のリスクどのようにお考えでしょうか?
A3(杉浦)
8月から放医研に移り緊急被曝医療に携わっていますが、被曝医療は、初期、二次、三次と段階的な医療対応があり、今回のような大規模でない事例に対しては、系統的な対応ができると考えます。普段の小規模の事故では、初期緊急時医療の意味はありますが、今回のような状況では、病院機能自体がなくなってしまい、そこにいたままでは介護ができない状況があり、複合災害として大きな視点での検証が必要と考えます。
Q4(松井)
田村先生の化学プロセスに係る安全のお話の中で、ハザードとリスクの話がありましたが、化学プロセスでは、地震や津波はどう取り扱っておられますか?
A4(田村)
地震については対応しているが、津波については地震ほどの対応はなされていないのではないかと思います。今回の事例を教訓にして考えていくべき課題であると考えます。
Q5(松井)
原子力の分野では、再処理、燃料製造等の化学プロセスがありますが、化学工業の面からみての助言などはありますか?
A5(田村)
化学分野をはじめいろいろな分野の安全の考え方を幅広い視点で捉えて、まずハザードを漏れなく抽出するのが大事です。後の安全対策等の検討もは、幅広い視点からのディスカッションで進めていく必要があるように思います。
Q6(松井)
原子力は、放射能汚染ということでの影響が大きいのですが、発生確率は相当低いという認識があった思います。単に、被害の確率と影響度の掛け算ではない部分について、リスク比較という意味で、他産業ではどのようになっていますか?
A6(田村)
極めて低い確率であるが影響度の極めて大きい事象は、化学産業においても大きな問題です。リスク管理としては、発生確率を下げる努力が必要でありまするが、リスクゼロは難しく、安全文化による発生確率の低減、万一起こったことを考えて、その被害の拡大を食い止めていくという対策が必要になるのではないでしょうか。
Q7(松井)
チェルノブイリ事故後、日本では、そのような大事故は起こらないという議論、また安全文化の議論が盛んにされたと思います。しかし、私自身は、あまりピンと来ませんでした。ある人が、 "lack of imagination" という言葉を使いましたが、これも安全文化の欠如のひとつではないかと思います。
A7(田村)
安全文化醸成のためには、時間はかかりますが、家庭教育から社会人教育に至る一連の体系的安全教育プログラムの構築と、それをしっかり実践していくシステムを作ることが必要であると思います。それによりきっちりしたリスク管理や危機管理対応ができる人材の育成ができるのではないかと思います。
Q8(松井)
吉倉先生、食品安全の中で安全文化というような発想はありますでしょうか?
A8(吉倉)
人によって受け止め方の多様性、考え方の多様性がある中で、ある基準にまとめていく中では、信頼をどのように構築していくか、逆に言うと行政などに対する不信をどのように排除していくかが重要です。結論だけでなく、なぜそのような結論になったのかなどの説明も含めて、基準作成の仕組みを国民に理解してもらうことが必要ではないでしょうか。行政対応は、安全側にどんどん進む性質がありますが、どこかで他の社会活動とのバランスをとる事が求められます。「何を置いても何処までも安全側に突き進めばいいんだ」というようなのが社会の判断として妥当かどうか、その決め方の方法についても明らかにしていく必要があります。
Q9(松井)
ホットなニュースとして、数日前の食品安全の規制値の話はどうでしょうか?レポートには規制値は安全と危険のしきい値ではないと書いてあっても、国民はそうとらないと思いますが。
A9-1(吉倉)
基準が、より厳しいのがいいかという点に関しては、コーデックスでいえば、食品安全とフェアトレードとのバランスの問題でしょう。許容量を必要以上低くすれば、それを達成出来ない企業は排除され、それが出来る企業だけが利益を得るでしょう。今回の食品の規制値を、厳しいと考えるか、緩いと考えるかは、その辺りの考慮が必要でしょう。一方、評価法から見た場合、通常環境で起こる{DNA損傷数の上乗せ」で議論しているのか、「損傷修復が済んだ後の通常環境で起こる最終DNA損傷数の上乗せ」で議論しているのか、現在どちらで評価しているのか良く分かりません。どちらがより厳しい評価を与えるのか興味あるところです。
【後日、吉倉氏より提供された資料に基づき追記】
なお、食品中に含まれる放射性物質に起因して健康影響が出る被ばく量の表現の仕方において、コーデックス基準と先日報道があった食品安全委員会の考え方に、論理的には違いがあることを示しておきます。
コーデックス基準は、事故後輸入食品を1年間食べ続けたときに、年間の食物摂取量や輸入食品の割合等を考慮して1年間の暴露量を推定し、成人、乳幼児ともICRPが提案する1mSv/年を越える事はないこととしています。一方、食品安全委員会は、食品健康評価として、放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯に於ける累積の実効線量として、おおよそ100mSv以上と判断したとしています。影響が出る最小量を100mSvであると規定しているということが言えます。
A9-2(杉浦)
食品は暫定基準であって、初年度に現実的に考えて設定したものです。現在の被ばく状況の中では、状況が変わったから数値も見直していくということで、危なかったから見直すということではないのです。食品安全委員会は、リスク評価機関に位置づけられ、科学的な判断をしますが、一方、リスク管理は、社会的要因なども考慮して現実社会での対応の妥当性を判断するもので、別の枠組みで行うという制度の仕分けは必要です。
A9-3(吉倉)
商取引(フェアトレード)に関し課題になるような問題です。ある国が規制値を基準より低くとることは違反ではありませんが、輸入を禁止すると違反になります。規制値より低いことを宣伝するのは違反ではありません。
Q10(松井)
ヨウ素、セシウムの放出に関し、チェルノブイリでは6000人が甲状腺がんにかかり15名くらいが亡くなったと言われていますが。日本ではどうでしょうか。
A10(杉浦)
避難区域については、安定ヨウ素剤が適切に配布されて投与されたか、避難が適切になされたかの課題がありました。20km外については、指示が届かず、仕組みの課題がありました。20km外の住み続けている人々に関しては、測定精度の問題はありましたが、測定結果の分布をみると、甲状腺がんが問題になることは、今のところは考えにくいのではないかと思います。食品に関しては、チェルノブイリの場合と違い、食品の出荷制限などが適切になされたと思われるので、これらを総合的に考えると、子供たちが無制限にヨウ素を人体に取り込んだということはなかったのではないかと理解しています。
Q11(フロア)
施設リスク、事故の時の汚染リスクは誰が計算するのでしょうか?企業側としては、自らの施設保護の視点でのリスク評価はするでしょうが、外部影響に対するリスク評価は別のセクターがするとなると、その間の関係が希薄なのではないでしょうか。社会的リスクを考える場合、このような関係をどのように考えればよいのでしょうか?リスク評価の社会における位置が定かでないように思いますがどうでしょうか?
A11-1(田村)
全く同感です。放射線が周辺に与える影響のリスクも含めて総合的に評価する必要があると考えています。放射線漏えいは評価できても身体影響の評価は難しいのかも知れません。方向としてはトータルにリスク評価をすべきと考えます。また、そのために情報の共有化が必要です。
A11-2(吉倉)
過去には水俣病、カドミ汚染の事例もあり、それらは、行政としても対策が取られた事例であるので、今後の議論の参考になるのではないでしょうか。どのような考え方、考える要素をどの範囲までとったかということにも関係すると思います。
A11-3(田中(エネ総研))
パネルに原子力発電の専門家がおられないので補足させて頂きますが、原子力発電所でも、シビアアクシデントで被曝の評価もしており、その結果の評価についてはICRPの基準との関係で議論しています。
Q12(フロア)
田村先生の最後から3枚目のスライドに関連しますが、
(1) 原子力ムラという指摘に関し、原子力学会は他の学会とのリンクもないようだし、他の関係学会は内向きの議論だけしているように見えます。学術会議も遠巻きの議論をしているようで寂しい感じがします。
(2) 産業界はもっと責任を持つべきではないかと思います。電力は、言い訳としては、今まで国の指針の下にやってきたと言い続けていますが、もっと真摯な議論があってしかるべきではないかと考えます?
A12-1(田村)
(1)については、今までは外部から意見がいいにくい状況があったのは事実です。このセミナーような形もできており、これからは積極的な発言や関与いくべきだと思います。(2)については、産業界が中心となって積極的な対応をしていくべきではないかと考えています。
Q13(フロア)
このパネル討論では、安全を考えるという純粋な部分の議論なのか、原子力の行く末の議論なのかはっきりしません。「今回のテーマに即した議論は何か?」ということに集中した議論が必要ではないかと思います。再稼働のような議論をしようとするのならば、また、別の議論が必要ではないでしょうか。学術的に、きちっとした議論をしようとしているのであれば、そのような点に集中してはどうでしょうか。
A13(田村)
安全のあり方について、まず議論をすることが大事な点です。その上で、いろいろな視点で原子力をどのように考えるかという議論が必要ではないかと考えます。
Q14(フロア)
事故を防ぐには、安全の文化、考え方の部分の議論がないという印象です。いろいろな事例についての対応はありますが、設備、機器の話が中心で、その根底にあるべき安全の文化なり考え方の議論が欠けているように思います。
A14(田村):
設備・機器対応等によりリスクを低減することはできますが、リスクをゼロにはできません。最後は安全文化が重要です。今後は、是非とも安全文化も含めた議論をお願いしたいと考えます。
Q15(フロア)
吉倉先生の最後のOHPのゼロリスクについて結論に至る考えを伺いたいと思います。また、放射線で考えると、このリスクのことはどう考えればよいのでしょうか。
A15-1(吉倉)
ゼロリスクとは何かについ今一度考え直し、それへの対処をどのようにするのがよいか考えましょうと言う提言と考えて下さい。
A15-2(田村)
放射線のリスクはICRPベースである程度設定されていると思いますが、リスクを避ける行為によるリスク増大、つまり全体でリスクをどのように考えるかは十分な議論がされているかは疑問で、バランスの話が聞こえてこないように思います。
Q16(フロア)
国際勧告の取り入れに係るわが国の取り入れの遅さをみるにつけ、制度的な課題があるのではないでしょうか。
A16-1(杉浦)
欧州諸国などは、ICRPの議論の進度と合わせる形で各国の対応も並行して行われました。なお、国内でも、2007年版については、ドラフトの段階から議論しています。
A16-2(吉倉)
1mSvなどのコーデックスの議論は注意深く読む必要があります。フェアトレードという観点からの基準の側面があり、汚染した国からの輸入に関する基準であり、汚染した国の中の基準ではないことは注意しておく必要があります。
Q17(フロア)
吉倉さんの図(OHP12)は大変よかったと思います。特に、放射線の説明は、外部に宣伝でもっと使ってほしいと思いました。
A17(吉倉)
有り難うございます。ついでですが、ペンギンブックに「ゼロ」という本に、ゼノのパラドックスの絵があり、「リスクが何倍で危険だ」と云う様な議論への示唆を与えると思いその話しもしました。
Q18(松井)
先生方からまとめとして、何かご意見の追加があれば、お願いします。
A18-1(杉浦)
今日は放射線安全についてお話ししましたが、これから問題になってくるのは、除染や食品の問題です。低線量の子供への影響等不安を与えるものについて、できるだけきちんと説明していきたいと考えています。
A18-2(田村)
(1) リスク管理、危機管理によるリスク低減が必要ですが、そのためにも多様な分野の知識を導入してほしいと思います。これは、ぜひ産業界が中心になって頑張って戴きたい。
(2) リスク情報の共有化と危機対応によるリスクの低減が必要で、そのためにはリスク情報を適切に分かりやすい形で提供することと、それに基づきく適切な対応ができるようにしていくことが必要と考えます。
(3) ベネフィットとリスクを基にした総合的・科学的議論の展開と社会的意思決定が重要です。これには、国民が安全の基本や知識を身につけることが必要です。
A18-3(吉倉)
特にありません。発言を引き出して頂きありがとうございます。
(松井)
本日は長い間、各先生に貴重なお話をうかがうことができたことに対し、お礼申し上げます。ご指摘頂いたどのようにまとめるかという件については、皆様のご協力を頂き進めさせて頂きたいと考えております。本日は誠にありがとうございました。