「原子力の安全性を問う」第1回公開討論会 
 パネル討論概要(2011年10月15日(土)開催)  

コーディネータ: 松井 一秋((財)エネルギー総合工学研究所 理事)
パネリスト  : 大島 榮次(東京工業大学名誉教授高圧ガス保安協会参与) 
  岡本 孝司(東京大学大学院 工学系研究科原子力専攻 教授)
  唐木 英明(東京大学名誉教授、倉敷芸術科学大学 学長)

パネル討論概要

Q1.(松井)

 福島第一原子力発電所事故により、原子力の信頼が崩壊しました。いくら原子力の必要性を言ったところで、人々の信頼が欠けている状況では、原子力に対する理解は得られません。そこで、まず先生方に今回の福島第一原子力発電所事故について、どう認識しておられるかお話していただきたいと思います。

A1.(大島)

 今回の原子力事故は2つの問題があったと思います。一つ目が危険源の想定です。福島第一原子力発電所では過去に発生していた貞観地震を考慮せず、低い津波を想定していました。国民は手抜かりがあったのではないかと考えています。自然災害の大きさ、いつくるかの想定は難しいと思っていますが。二つ目が原子力の保安技術の問題です。津波さえ来なければ、原子力発電所は安全であるのか、私はそう思っていません。原子力の保安技術の実力に問題があったと思います。原子炉への冷却水が止まる原因等を網羅的に管理することが重要であると考えていますが、そういう視点からみますと、確率論的に極端に小さな場合を考慮していなかったのではないかと思っています。

A1-2(岡本)

 一つ目の津波の想定が明らかに間違っていたことについては同意見です。二つ目の保安技術に関しては、まったく駄目であったのではなく、保安技術に対する努力が十分ではなかったと考えています、先程IAEAの安全の考え方を説明しましたが、原子力発電所は想定を超えても大丈夫なような考え方で設計されています。今回は電源系に問題がありました。電源盤が使えたか、使えなかったかの問題です。電源盤が止まっても、大丈夫なような保安技術になっていなかったのです。  確率論的に小さい事象に対する対応について言われた点もその通りだと思います。津波の大きさ、津波がいつくるか等は不確定性の塊りですので、バックアップ方法を考えておくことが重要だと思っています。

A1-3(唐木)

 何ミリシーベルト、何ベクレルという説明と食品の閾値に対する考え方は関連しています。今回の事故に当たっての最大の失敗は、リスクコミュニケーションにあると思います。原子力発電所を導入したときから、原子力は「絶対安全」と言い続けてきました。安全に関する説明は、「逃げず」、「隠さず」、「嘘つかず」を原則に、本当はどうなのかということをしっかり説明していくことが必要です。原子力は「絶対安全」と言い続けたことが、リスクコミュニケーションの失敗です。

Q2.(松井)

 同感です。この点に関して岡本先生はどのようにお考えですか。

A2.(岡本)

 私は、多少言い訳に聞こえるかもしれませんが、「絶対安全」と言ってきたつもりはありません。もんじゅの説明用パンフレットの中で、こういう事故がおきるとこうなりますということ等を記載し、地域の方々へ説明してきました。しかしながら、もんじゅ導入時に、政治家とのやりとりの中で、「絶対安全」と解釈される言い方もあったかもしれません。

Q3.(松井)

 原子力技術は最も安全な技術であると言ってきたため、ある意味誤解をうけたところがあると思いますが、化学プラント関係に詳しい大島先生はいかがでしょうか。

A3.(大島)

 原子力技術の特徴は放射線を扱っているところです。化学プラントは地震による事故を想定してきていました。しかしながら、インドボパールのメチルイソシアネートの漏れ、1964年の新潟地震による石油プラントの壊滅など事故を起こしてきています。1995年の阪神大震災でのLPGタンクからの漏洩は、液状化でタンクが移動しバルブを引きずりLPGが漏れましたが、地割れに漏れこみ、運よく火がつかなかったのです。地域の方7000人が避難しました。2003年の十勝沖地震でのタンク火災では、長周期の地震動による共鳴で浮屋根が沈下して火災に至りました。今回の東日本大震災では、LPGタンクが偶々水張り試験中で、水が入っていて、比重がLPGの2倍であるため、揺さぶられて、その質量によりタンク破壊につながりました。化学プラントの地震被害は概ね火を消せばよいのですが、原子力の場合は、放射線が問題となります。
 高圧ガスの場合は認定制度というものがあり、事故予防にインセンティブが働いていると思っています。高圧ガス保安協会、県、学識経験者による定期的保安検査を実施していること、安全は事業者の責任であることを明確にしており、自分の努力にインセンティブを与えています。前回と同じ検査結果ですと不合格にしています。

Q4.(松井)

 化学プラントの経験を原子力も反映していく必要があると思います。原子力分野の岡本先生のご意見はいかがでしょうか。

A4.(岡本)

 私は高圧ガスの免許を持っていますが、高圧ガス認定制度のように、保全に対してインセンティブを持たせる必要があると思っていました。原子力も高圧ガス認定制度も参考として新検査制度を2年前に導入しております。しかしながら、まだまだ発展途上です。今後、高圧ガス、食品分野などの色々な考え方を反映していきたいと考えています。

Q5.(松井)

 先程、確率論的か決定論的かのお話がありましたが、1000年に一度のように、いくら頻度が小さくても一端おきると大きな災害をもたらす事象に対してどう考えていくべきでしょうか。こういう場合、割り切りも必要と考えていますが。

A5-1.(大島)

 たとえば、一日60本の煙草を吸う人や、一日10グラムの塩分をとる人の発ガン率を出すのには、ある特定の年齢同士の人について影響比較をとり続けないと評価はできませんが、プラントの場合は人間より比較的簡単ではないでしょうか。確率論か決定論かそれぞれの情報によりどちらかに決定することだと思っています。

A5-2.(唐木)

 食品の安全上で難しいのはBSEかと思います。リスクは大きいですが、そのリスクを受け入れるかどうかということになります。今回の食品の放射能汚染に関していえば、日本は他の世界の人々より実態としてリスクを大きく感じていると思います。それは、歴史上、ビキニ環礁の水爆実験の被害、原水禁運動、核の抑止力に関する議論などから、すべての人が実感しているのだと思っています。

A5-3.(岡本)

 リスクコミュニケーションに問題があると思います。原子力は確率論的に対応していくだけでは駄目であり、どういう状況になりうるかをよく説明し、信頼感に繋げていく必要があると思います。シビアアクシデントを考える場合、弱点を考えます。電源盤が止まった場合は空冷式の非常用電源を入れるとか、リチウムイオン電池を入れるとかを考えていけばよいと思っています。

A5-4.(大島)

 確率論でいくか決定論でいくかを検討していく必要があります。ポンプの場合、45程度の部品で構成されていますが、クリティカルコンポーネントは3つの部品です。部品レベルで壊れる確率はあと1年かどうかをみていく必要があります。一方、構成部品が多い場合は部品レベルでの寿命予測だけでは不十分であり、総合的に考えていくことも必要になってきています。

A5-5.(岡本)

 原子力では部品レベルの寿命予測など、ボルト1本まで品質管理してきました。一方、大きなところを見逃してしまいました。反省点と思っています。

Q6.(松井)

 20~30年前、アセアアトムでは原子炉の炉心をボロン水でくるんでやり、何かがあればバルブが開いてボロン水が炉心内にはいることを検討していました。その後種々のパッシブセ-フティ、フルアクティブセーフティの考え方が検討され、現在はフランスのEPR,WHのAP1000が実用化されています。そこで、フェイルセーフの考え方についてどう考えているかお聞きしたいと思います。

A6-1.(岡本)

 自動車のフェイルセーフといえば、クラッシャブルボディです。福島第一原子力発電所1号機の場合、非常用復水器(アイソレーションコンデンサー)が動いていれば事故が防げたかもしれません。制御系からのロジック回路上の設定により隔離弁を閉めてしまった。周囲の制御システムが不十分であった。コンセプトがよくても、制御を含めてまちがいなく対応させるようにすることが必要です。津波が来るまでも、これで冷却をしていたのですが、100℃/時で温度が下がりすぎ、止めざるを得なかったわけです。
 今後10年~20年後に原子力発電所のリプレースがあります。そのときに、より安全なタイプのものをとり入れていく必要があると考えています。

Q7.(松井)

 化学プラントのパッシブセーフティという観点からは大島先生いかがでしょうか。

A7.(大島)

 化学プラントでは、設計が悪いケースがあります。設計の悪い点が何かの弾みででてきます。したがって、設計のレビューを体系化することが重要です。その次が施工不良の問題です。先ほどの十勝沖のケースは施工不良でした。その次がオペレーションの問題です。変更点管理をきっちりやっていくことが必要です。最もやっかいなのが、ヒューマンエラーです。そして、最後の問題が経年劣化です。経年劣化に対処する方法は色々ありますが、治療医学的方法から予防医学的方法に変えていくべきと考えています。


(松井)

 そろそろ、来場されている方々から質問、コメントをうけたいと思います。宜しくお願いいたします。

Q8-1.(フロア)

 大島先生のお話のなかで「安全管理の基本的課題」というものがありましたが、網羅的と論理的は馴染みがありますが、予測的と管理的は馴染みがうすいです。私は化学物質のリスク評価に関わっていますが、助言を戴きたいと思います。

A8-1.(大島)

 4つのアプローチに対して努力していることを発信していくことが重要と考えています。この努力により、社会が受け入れてくれることにつながります。つまり、安全のアクセプタンスにつながるわけです。

Q8-2.(フロア)

 出来ていると考えていますか。

A8-2.(大島)

 公表していくわけです。公表することにより、社会から色々な指摘を受けることになります。そういうキャッチボールが重要です。

Q8-2.(フロア)

 キャッチボールが足りないということでしょうか。原子力関係者が作ったシナリオだけでなく、外からの指摘にたいして回答していくことが必要だと思います。

A8-3.(松井)

 4つのアプローチ及び公表を色々と努力していきたいと考えていきたいと思います。

A8-4.(唐木)

 論理的、予測的アプローチもありますが、その前に拒絶する人がいることも忘れないでほしいと思っています。その方々に対して、科学的に説明していくことが必要です。

Q9.(フロア)

 一つ目の質問は燃料電池の信頼性を上げていくうえでのポイントについて何かコメントありましたら、ご教示していただきたいと思います。二つ目は岡本先生への要望です。13ページの「原子力の安全の確保」にもありましたが、人のクオリティ確保が重要と考えています。理科系の学生への教育をしっかりしていただきたい。事業者のトップ、学会の先生方のモラルも問題と思っていますが、いかがでしょうか。

A9.(岡本)

 技術者倫理は重要と考えています。原子力の分野の学生だけでなく全ての学生に対して教育しています。技術者倫理は全ての基本です。原子力発電所1プラント2000人が関わっていますが、全ての人が倫理観をもって安全なプラントにしていくことが重要です。人の教育はますます重要になってきています。
 二つ目の信頼性工学に関してですが、信頼性が落ちると儲からないということがわかってきて、信頼性を向上させようと努力をしてきました。残念ながら、福島は想像力が足りなかった。シビアアクシデントの検討が十分でなかった。ご指摘を胆に命じて、安全な原子力発電所にしていきたいと思っています。

Q10.(フロア)

 原子力発電所は安全であると一般の方々の耳に入っています。一方で、福島の原子力発電所の全放射能はいくらかと、今回の事故の時に、ある技術者に聞きましたが、すぐに答えが返ってきませんでした。後でわかりましたが。つまり、事故時にはハザード全体の大きさを理解して対応していく必要があります。唐木先生のアカデミックサイエンスとレギュラトリサイエンスのお話がありましたが、一番重要なのはそれをつなげるポストノーマルサイエンスなのです。ステークホルダーである大衆の利益を最優先に考えていく必要があります。原子力学会の先生方も孤立してはいけなく、失敗に学んでいってほしいと思っています。以上、私のコメントです。
 ひとつ質問があります。唐木先生の4ページ記載のハザード研究者とリスク評価者は逆ではないでしょうか。リスクとハザードがごっちゃになり区別されていませんか。

A10.(唐木氏)

 BSEのケースはまだよく解明されていませんので、事業者側がハザード研究者で、消費者側がリスク評価者になっています。分野によって違うと思います。10年前のブタペストであった国際会議でトランスサイエンスの話が出ていました。科学は社会のためのものであり、社会のための科学を構築していくことが課題であると考えています。

Q11. (フロア)

 安心という言葉をどう評価していくか。安心もハザードも個人差があります。日本人にとっての安心は満足感、信頼があればよいと思っています。科学的、技術的な安心とは納得すればよいと考えています。基本的には直感と経験で感じていると思います。
 質問ですが、安全性を高めるためにはコストがかかりますが、どこまで考えるか、安全性とコストをどういう風にリンクさせたらよいかお考えを聞かせていただきたい。

A11-1.(岡本)

 さきほど、SAHARAの考え方を説明しましたが、リーズナブルに達成できる安全とコストの丁度よいところがあるはずと考えています。

A11-2.(唐木)

 ケネディ大統領の消費者の求める権利のお話をしましたが、その中の選ぶ権利があることが重要です。遺伝子組み換えに関してオランダのアンケート調査では、過半数が反対でしたが、実際に安い遺伝子組み換えの食品は過半数の人が購入しました。とことん、選ぶ権利があればよいと思います。

(松井)

 最後にもう一度確認して言っておきたいことなど、各先生方にお願いします。

A12-1.(大島)

 原子力をやるべきかどうかは冷静に考え、判断すべきであると考えています。総理大臣が唐突に決めることではないと思います。継続したときの問題、廃止したときの問題などを明確にして議論していくべきでしょう。経済、コストなどに対する影響を国民にガラス張りにしてから判断すべきでしょう。

A12-2.(岡本)

 原子力安全のために、人の教育と技術者倫理の浸透を徹底的にやっていきたいと考えています。SAHARAの考え方でコストのかねあいも考慮して最大限の安全を考えていきたいと考えています。安全設計を高めていくための改善も重要と考えています。

A12-3.(唐木)

 科学的リテラシーを強化していくことが重要と考えています。

(松井)

 まだまだ、質問があると思いますが、予定時間が過ぎてしまいました。是非2回目の討論会にも参加していただきたいと考えています。原子力を見直していく土台作りになればと思っています。本日は誠にありがとうございました。