はじめに
私の演題「原子力は地球環境を救えるか」ですが,実は,東京大学の山地憲治教授が1990年に同じタイトルの本を日刊工業新聞社からお出しになっています。本の構成は現在でも非常に示唆に富むと思います。
私の話ですが,まず,山地先生の本を紹介させて頂きます。次に,環境制約について,私も一部お手伝いしている「日本脱温暖化プロジェクト」((独)国立環境研究所)の話,また,超長期エネルギー需給オプションについて,原子力を中心に置いたスタディの結果も織りまぜてお話しします。さらに,その関連で二酸化炭素(CO2)排出抑制効果の議論をご紹介した後,最後に,2100年に向けて何を考えたらいいのか述べたいと思います。
『原子力は地球環境を救えるか』再考
図1が山地賢治先生が書かれた本の表紙です。
図1 山地著「原子力は地球環境を救えるか」
表1が目次です。
表1 『原子力は地球環境を救えるか』の目次
(表をクリックすると拡大します)
第1章は「成長の限界」となっています。「成長の限界」とは1972年にローマクラブが出した報告書のタイトルです。人間が豊かになるにつれ,人口増加,ストックの増大,エネルギー・天然資源の使用量の増加が起こるわけですが,この報告書は,指数関数的な増加には限界があると警鐘を鳴らし,何か考えないといけないと呼びかけた先駆け的な報告書でした。
図2は「成長の限界」の一例です。
図2 エコロジカル・フットプリント
これはアメリカの環境団体が発表している図で,生態的に再生可能な量(バイオキャパシティ)と人類が消費する量(エコロジカル・フットプリント)を生産可能な土地の広さで測っています。この分析によると,1970年代に人間の活動が地球の再生能力を超過するようになりました。地球の生態系が持っているバイオキャパシティ,すなわち,太陽エネルギーを受けて農作物を作る,漁業をやるといったことで63億人を支えることはできないということです。
第5章の「目標を失った新型炉開発」,「経済性のかげり」という点については,真摯に考える必要があると思います。
「原子力の適正技術」では,軽水炉技術が極めて競争力が高く非常に信頼できる技術になってきているという彼の指摘はそのとおりだと思います。燃料サイクルについては,プルトニウム利用の量と形態にもっと柔軟性を持たせる必要があると述べています。同章の最後には,原子力が本当の力を発揮するためには,「世界中で使える原子力技術」が必要であろうと言っていると思います。
第6章で「原子力の開発哲学は独善的である」と彼は断定しています。決められた一本筋を突っ走るというスタンス自身がもう受け入れられなくなってきています。もしそんなものが哲学であったとすれば,それを払拭してもう一度考え直す必要があるのではないかと私は思います。
「省エネか原子力か」という話は,できる限りの省エネをやった果ての再生可能エネルギー利用,原子力100%の間でバランスをとるということです。最後に「市場と計画」では,市場に任せておいていいものと,計画的にやるべき長期的な問題の相克の話が議論されていると思います。
第7章では,原子力の「夢の再構築」の条件がボイントです。それは「新しいエネルギー文明の創造」です。それに「総合エネルギー政策の柱」としての原子力をもう一度考えてみようということのようです。
地球温暖化問題
増大するリスク
現在の地球の状態におけるCO2に関する自然の吸収量は年間3.1Gtです。しかし,人間が出しているのは,何と倍の6.3Gtで,その差3.2Gtが大気中に蓄積してくるということです。結局,蓄積レベル毎の危険性を認知し,どれくらいの速さで炭酸ガスの排出を抑制しなければいけないのかが地球温暖化防止策の一番大きな焦点になると思います。
平均気温が上がるとどんな危険性があるか,スタディの例を図3で紹介します。
図3 地球温暖化で増大する様々なリスク
一番びっくりしたのが水不足です。1.5〜2℃ぐらい平均気温が上昇しますと,20億〜25億人が水不足のリスクにさらされるそうです。また,温度が上がってくると蚊が増え,2億人がマラリアのリスクを負ってしまうという予測です。
CO2排出削減への努力
図4に示すように,色々な国がCO2排出削減目標を発表しています。
図4 CO2排出量削減目標(イギリス,フランス,ドイツ,日本)イギリスは2000年で2.5t/人を2050年に0.8t/人ぐらいまで,つまり3分の1まで落とす。フランスも2000年で1.7t/人を2050年に0.5t/人まで落とす。日本は2030年までは2.22t/人と予測されています*。他の国にしても,目標を達成するための具体的な施策があるのかという大きな問題があります。
*『EDMC/エネルギー・経済統計要覧(2005年版)』(日本エネルギー経済研究所)によると、2002年の「1人当りCO2排出量」は、中国が0.744t/人、インドが0.276t/人である。日本の数値が2.55t/人と高いのは,経済規模の大きさに比して人口が少ないためと思われる。他方,エネルギーの利用効率を示す「GDP当りのCO2排出量」を見ると,日本が56.6t/$であるのに対し,イギリスは111t/$,フランス57.5t/$,ドイツ85.8t/$である。(編集部注)
厳しい日本のCO2削減目標達成への道
目標達成に向けたケーススタディ
[日本脱温暖化2050研究プロジェクト]
同プロジェクトでは,2050年でCO2排出量を1990年比60〜80%削減**するために採るべき施策を検討することになっています。ケーススタディの一例として挙げましたが,図5の「なりゆきケース」は,CO2排出削減施策なしというケースです。
図5 低炭素社会達成への3つのシナリオ
(図をクリックすると拡大します)それでも,市場原理によって日本の場合は増えない。ある程度の対策をとる(「対策ケース」)と多少減る。しかし,実際はもっと減らさなくてはいけません。これが「目標達成ケース」です。
**中央環境審議会は「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の報告書や最新の研究に基づいて,気温上昇幅を産業革命以前の水準から2度以下に抑えるように提言した。これを実現するには,2100年以降の温室効果ガス濃度をCO2換算で475ppmで安定させないといけない。世界全体のCO2排出量を1990年比で2020年に約10%、2050年に約50%,2100年に約75%削減する必要がある。世界全体で50%削減という2050年に,世界の1人当り排出量を均等にしようとすると,日本には約80%削減が求められる。それに幅を持たせて,「脱温暖化2050研究プロジェクト」では削減目標値を60〜80%としている。(編集部注)
図6は2050年時点で1990年比70%削減するためのエネルギー供給構成の例を示しています。
図6 CO2排出70%削減時の一次エネルギー供給構成の例
(図をクリックすると拡大します)図の一番上のケースは,世の中の中心が化石燃料から電力と水素に変わりつつあるケースで,原子力がそこそこ入っています。ただ,総発電量に占める原子力の比率を4〜5割に制限していますので,大部分の増分を天然ガスで置き換え,天然ガスから出てくるCO2は炭素回収隔離(CCS)するケースです。真ん中は,原子力の新設はない,風力,太陽で頑張って,足りない分はバイオマスを入れるというケースです。一番下は,膨大な量のバイオマスで需要を満たすケースです。それだけの量は国内だけでは調達しきれないので,輸入を考えています。いずれにしろ,70%削減は相当努力しないとできません。
[超長期エネルギー技術ビジョン]
図7は,当所が事務局となって行った「超長期エネルギー技術ビジョン策定」で検討した3つの極端ケースです。
図7 極端なエネルギー供給構成でのケーススタディ
(図をクリックすると拡大します)
同プロジェクトでは,大気中のCO2濃度を2100年時点で550ppmに安定化させるために,世界の経済規模(各国の国内総生産(GDP)の世界計)が2050年に2000年の5倍,2100年には同10倍になる中で,2050年,2100年の日本のCO2排出量を現状レベル(3億t強)にすることを環境制約としています。ケースA,ケースBとも2100年時点での発電量を2000年の8倍にしないといけないことになっています。
図8は,2100年時点で大気中のCO2濃度を550ppmに安定化させるべく,技術目標を達成することで実現する需給構成の例です。
図8 大気中CO2濃度550ppm安定化のためのエネルギー需給構成
(図をクリックすると拡大します)GDPが伸びていく中で,一次エネルギー供給量は,最終需要削減と転換効率向上などで減っていき,最終エネルギー需要は,省エネ,機器効率向上などで減少していきます。需要構造側にある石油,ガス,石炭は,原料として使われています。2100年で原子力があまり入っていないことになっている理由は,高速増殖炉(FBR)の燃料倍増時間を比較的長く取っていて,世界中で燃料の取り合いになり,日本割当分が少なくなっているからです。
[原子力ビジョン2050]
図9は,「原子力ビジョン2050」では,2050年時点でのCO2排出量の削減比率を2000年比で50%,24%,58%にするときの一次エネルギー供給構成を検討しています。
図9 2050年の一次エネルギー供給構成とCO2削減比率
(図をクリックすると拡大します)
いずれの例でも国立環境研究所が目標として示した60〜80%削減にはほど遠い数字です。2050年については,削減率50%達成に対して,原子力を入れるケースと原子力なしのケースを提示しています。原子力なしの場合,天然ガスの大量導入と炭素隔離をセットにする形になります。
原子力を中心に据えたシナリオ
図10は2100年時点で世界中で大気中のCO2濃度を550ppmで安定させるために,省エネ,原子力,炭素隔離,再生可能エネルギーがどれくらい寄与するか当所が算出したものです。
図10 CO2排出抑制効果(550ppmで安定化)
図11はその時の一次エネルギー源に占める原子力の比率です。
図11 2010年の一次エネルギー供給構成
図では原子力の比率が結構高くなっています。ただ,原子力による発電量は発電単価で変わります。図12に発電単価に応じた発電量の予測を示します。
図12 発電単価とCO2制約による原子力発電量の推移
さらに,FBRがあるケースとないケースでの一次エネルギー源に占める原子力の割合を示したのが図13です。
図13 原子力発電量の推移(2100年に550ppmで安定化)
(図をクリックすると拡大します)
このモデルでは,ウラン資源量を1,500万トンとしています。これぐらいの量ですと,高速炉なしでは2100年には原子力がなくなってしまっているはずです。
世界における原子力
マサチューセッツ工科大学(MIT)のチームが『原子力の未来』という報告書を出しました。その中で,将来の予測をやっています。表2に示すように,2050年までに世界の総発電量は現在(300〜400GWe弱)の3倍ぐらいの38.7兆kWhに増え,原子力のシェアは現在の17%から19%ぐらいになると言っています。
表2 世界の原子力成長シナリオ(MITシナリオ)
途上国,特に中国,インド,パキスタンで200GWeを原子力で賄うことになると言っています。1GWeは100万kWですから,原子力発電所1基分に相当します。中国,インドでは相当な数を導入しないと200GWeに届かないと思います。ブラジル,メキシコは今も原子力発電所が1,2基あると思いますが,インドネシアを含めて75基ないといけません。つまり,2050年に世界中で1,000基の原子力発電所があるということを意味します(現在約440基)。
ウィーンにある国際計量経済研究所(IIASA)と世界エネルギー会議(WEC)が合同で作成したシナリオとMITシナリオを比較してみます。2050年で1000GWe(7.9PWh)は,表3の中位ケースぐらいに当たります。
表3 IIASA/WECシナリオとMITシナリオ
2050年までに使っているウランの量が540万トンとなります。ウラン資源量(約1,500万〜1,600万トン)の4分の1〜3分の1を使い切っていることになります。
2100年に向けて
原子力は地球を救う使命を持つ
世界の人々はもっと幸福にならなければいけない。貧困,飢餓,病気からの解放が必要です。途上国での人口増加,そこで消費する食糧,水,エネルギーも含めて供給しなければいけない。そうすると,どう見ても温暖化ガス放出や環境破壊の危険がますます増大することになると思います。一番最初にお見せしたフットプリントから言うと,明らかにオーバーしてしまっているわけですが,帳尻が合うまで人類の活動量を落とせという議論は今ここではできないと思います。すなわち,ここで「原子力は地球を救う使命がある」,「世界中どこでも原子力が利用可能になっているべきである」と思うのです。そのためには,安全で経済性があって,かつ拡散抵抗性を備えた原子炉開発を行う必要があります。
原子力の挑戦−安全性,経済性,廃棄物,核拡散抵抗性−
安全性の確保では,「100%安全」と言うことではなく,他のエネルギーとの相対的なリスク比較の点も保証されるべきではないかと思います。経済性では,外部性やライフ・サイクル・アセスメント(LCA)などの観点から公平性も確保した上での競争をしてほしいと思います。
放射性廃棄物処理は非常に大きな問題だと思いますが,量を減らすことは科学的に可能だと思います。その際,どれくらい減らすかは,燃料サイクル全体での経済性の話になると思います。
核拡散抵抗性については唯一の解はないと思いますが,2050年に世界で100万kW級の原子炉が1,000基,2100年で最低でも2,000基あるようにするには,核拡散抵抗性を高める何らかの方法を考え出すことが必須だと思います。
対応策の1つは,マイナーアクチニドを混入した燃料です。簡単に言えば,燃料が熱すぎて触れないので,使用済燃料の盗難防止になるという感じです。
また,原子力エネルギーパークという構想があります。天然ウラン,トリウムを投入して,電気,水素,熱を取り出して使用する。高速炉でマイナーアクチニドなどを潰し,放射性廃棄物をなくしていこうという自己完結性(SCES)を持った原子力エネルギーにすることで,核拡散抵抗性を高めていこうというものです。物理的には可能であるという試算結果も出ています。
もっと進んだ考え方では,再処理不要というシステムがあります。核拡散の問題で一番危険と言われているのは再処理と濃縮です。ならば,濃縮なし,再処理も要らないシステムがあればいいのではないかということで,CANDLEというシステムを挙げることができます。燃料のウラン,トリウムを炉に投入して,自己増殖しつつ,それをまた燃やしていくというタイプの発電方法です。試算上は40%ぐらいまで燃すことも可能で,天然ウランの有効利用率が現行の軽水炉と比べて,格段に高くなります。ここまで燃せば,当面は再処理を考える必要がないかも知れません。
さいごに
発展途上国の人々が自分たちの生き残りと生活水準向上のために多くの原子力システムを必要とするのは間違いないと思います。そういう状況に我々は準備ができているのでしょうか。燃料や廃棄物を処理するセンターとかの仕組みはどうするのか。
核不拡散の話と同じですが,結局,FBRは必要ということになるでしょう。すると,プルトニウムをどうするのかが課題だと思います。国際原子力エネルギー機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は,核燃料の多国間管理構想を提案しており,また,総会でもアメリカがある程度それに対応するような提案をしているようです。
私が最後に申し上げたいのは,確かにいろんな問題がありますが,世界的,あるいは長期的に見た場合に,原子力が果たし得る役割は十二分以上にあるということです。しかも,それがもっとより良い性能に改善していく,改良されていく分野,フロンティアはまだ残っているのではないかと思います。
以上,私の話を終えたいと思います。ありがとうございました。(拍手) |