季報 エネルギー総合工学 Vol28 No.1(2005. 04) >基調講演

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icon 季報 エネルギー総合工学 Vol28 No.1(2005. 04)

石井 吉徳 氏 〔基調講演〕

安く豊かな石油時代が終わる−“石油ピーク”の意味するところ−
  石井 吉徳
  ((社)日本工学アカデミー環境フォーラム代表、
    東京大学名誉教授、富山国際大学教授)

本稿は,2004年11月1日の日本学術会議第5部/(社)日本工学アカデミーエネルギー基本戦略部会他/(財)エネルギー総合工学研究所共催の公開シンポジウム「日本のエネルギーに未来はあるか−有限の地球に生きる−」における講演を本誌掲載用にテープ起こししたものです。
[略歴]
1955年東京大学理学部物理学科(地球物理学)卒業。1978年東京大学工学部資源開発工学科教授,1996年環境庁国立環境研究所所長,1988年日本学術会議会員,日本リモートセンシング学会会長などを歴任。
 現在、富山国際大学教授,東京大学名誉教授,日本工学アカデミー会員,地球子どもクラブ会長などを務めている。
 専門分野は,地球環境学,資源・エネルギー論,リモートセンシング,物理探査学。

はじめに

  私は「安く豊かな石油時代が終わる」と,最近の3年ほど繰り返し社会に訴えています。最近,石油が1バーレル50ドル,あるいは60ドルになるかも知れないと言われていますが,私はこの高値が一過性とは思っていません。それは産油国の政治的な思惑で起こった1970年代の石油ショックとは,構造的に違うからです。最近の石油価格の高騰は,やがて来る石油減耗の予兆かも知れないのです。石油生産のピーク,つまり「石油ピーク」後,ゆっくりと世界の生産量が減退する可能性があるのです。
 私は大学卒業後,帝国石油に入り石油公団の前身などで石油探査の仕事に16年間従事しました。アジアでは,日本が国家としてインドネシアで最初に石油の探鉱する時には,現地状況の調査,地図探しなどにジャカルタ,メダンなどに行きました。その頃,日本でも新潟,秋田には石油掘削の櫓が立っていました。八橋油田(秋田県)では,試油で石油が勢いよく自噴する様子を目の当たりにしたこともあります。  油田とは,地下の背斜構造の油層内に,天然ガス,石油,水が軽い順に集まり濃縮されているものなのです。この油層の上には不透性の地層(キャップロック)があって,はじめて何千万年もの間石油がたまることができます。この“濃縮”の過程が油田形成の非常に重要なポイントです。ここで油層に井戸を掘り圧力が解放されると,猛烈な勢いで石油が自噴します。この自噴こそが油田の活力,特徴なのです。これがエネルギー資源の「質」なのです。これが大きなポイントです。よく「石油は後40年ある」と言われますが,それはあくまでも量だけの話であって,質を考えるとまったく違ってくるのです。  これは「熱力学の第二法則」のエントロピー則で考えると分かってきます。「熱力学の第一法則」とはエネルギーの「量が保存される」と言っています。これに対して,「第二法則」は,「質は劣化する」と言っているのです。

「地球は有限」が原点

持続可能でない大量生産,大量消費,大量廃棄社会

 最初の図1はLimited Our Earth(我々の地球は有限である)です。

図1 Limited Our Earth
図1 Limited Our Earth
私が1984年に描きました。その頃の世界人口は44億人でしたが,今は20億人増え64億人です。増え続ける人口が大量の資源エネルギーを使い,大量に物を作って消費し最後に捨てる。人間は膨大な廃棄物を大気に,水に,陸上に捨てています。大気に捨てるのが地球温暖化の原因と言われる二酸化炭素(CO2)で,陸上には色々な固形ごみ,水にも色々なものを捨てています。ですから,人口,資源エネルギー,環境問題は同時に取り組むべき問題なのです。
 図2は,今やっとレバノンに残っている樹齢数千年のレバノン杉です。

図2 僅かに残ったレバノン杉の森(1996年)
図2 僅かに残ったレバノン杉の森(1996年)
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に指定されました。かってはここに鬱蒼たるレバノン杉の森があったのですが使い果たし,今はこの程度の森とは言えないような林が2,3カ所残る程度になっています。  既に人類は,地球上の森を半分使いました。森は地上にあるので,少なくなったことが目で分かります。しかし,地下にある石油は見えないために,減っても見えません。既に2兆バーレルと言われる石油の半分を人類が使ったことに気が付かす,「石油はまだまだある,科学技術が進歩すればまだ見つかる」と考えます。
 図3は,日本の最西端にある対島の井口浜に漂着したゴミです。

対馬に漂着したアジアのゴミ(1998年)
対馬に漂着したアジアのゴミ(1998年)
韓国からが殆どですが,中国,若干日本のものも混ざっています。これはほとんど知られていません。木材などの産業廃棄物も含めた,様々な大量のゴミです。

循環型社会構築にはエネルギーが必要

 資源エネルギーを大量に使って物を大量生産し,大量消費をし,大量投棄するので環境問題となるわけです。そこで「循環型社会」をと,リサイクルが大きな運動になっています。しかし,循環には必ずエネルギーが要ります。生み出される廃棄物,ゴミは常に拡散,劣化の一途を辿るからです。これを元に戻し,循環させるためには,エネルギーを投入しなければならないのです。
 「大丈夫,自然も循環している,それに見習う」という話もありますが,これは間違っています。自然生態系の循環システムは,太陽エネルギーで運転されていることを考えていないのです。大気中のCO2を植物が光合成で固定し,それを動物などが食料とします。有機物は順次利用され,最後にCO2になって大気に戻るのです。このシステムには,膨大な太陽エネルギーが使われているのです。循環にはエネルギーが必要なのです。

採れば必ず減るエネルギー資源

 石油は「何とかなる,まだまだある」と,公的には国際機関も政府も述べるようです。これが世間の大方の理解ですが,本当にそうなのでしょうか。
 資源は採れば必ず減っていくものです。人間は質の良いものから採りますから,資源は量が減るとともに,質も悪くなります。ようやく日本のマスメディアも,このことに気づき始めたようで,朝日新聞が私の「石油ピーク」の話を取り上げました。図4がその記事です。

図4「石油ピーク」を紹介した朝日新聞のコラム(2004年10月9日夕刊)
図4 「石油ピーク」を紹介した朝日新聞のコラム(2004年10月9日夕刊)
(図をクリックすると拡大します)
 しかし,今も公式には表1のようになっています。

表1 世界の資源量
表1 世界の資源量

可採年数,いわゆる寿命も石油が40.6年などとなりますが,これは確認可採埋蔵量を年間生産量で割っただけの,量の話です。質がまったく入っていない,ということにご注意ください。多くの方は,「石油が40年後になくなるのであれば,40年後に考えればいい」と思っているようです。そして「40年前も専門家は40年後に石油がなくなると言ったが,大丈夫だった。だから,『石油ピーク』の話もあるが,また大丈夫」と言うのが「石油ピーク」に対する日本人の一般的な反応です。

「石油ピーク」

欧米で深まる理解

 かつての「ローマクラブ」*のような集まりが,今ヨーロッパにできています。ASPO (The Association for the Study of Peak Oil)です。最近は天然ガスもあやしくなってきたため,“The Association for the Study of Peak Oil and Gas”としました。石油地質学者C.J.キャンベルなどが中心となったヨーロッパの14カ国の専門家グループで,拠点はスウェーデンのウプサラ大学にあります。3年前から年に1回,ワークショップのような会合を開いています。このASPOには単に石油関係者だけでなく,原子力,銀行,EU議会のメンバーなど,幅広い人達が参加します。
*環境,人口問題など,地球的規模の課題で想定される人類の危機を回避することを探ることを目的に,世界の科学者,経済学者などが集まり,1968年に活動を開始した民間組織。1972年に発表した『成長の限界』は,経済開発中心だった当時の社会に警鐘を鳴らし,地球環境問題への取組みの原点と言われる。(編集部作成)

 図5はキャンベルが1998年に発表した,世界の石油生産量のカーブです。

図5 世界の石油生産量:過去と未来、ハバートピーク
図5 世界の石油生産量:過去と未来、ハバートピーク
石油の生産量は2004年にピークを迎えるとなっていますが,ピークは滑らかですから2004年という数字にそれほど大きな意味はありません。私も含めて専門家は,2010年までにはピークが来ると思っています。
 カーブの下の面積は埋蔵量(約2兆バーレル)です。基本的に質のいいもの,使いやすいもの,儲かるものから生産し,いずれ需要に生産が間に合わなくなり,生産量が減退し始めるということです。40年後に急になくなる,ということではありません。
 これは一種の予測理論ですが,過去の石油生産量の経過と総可採埋蔵量に関する,膨大なデータに基づいています。このカーブを「ハバート・カーブ」と言い,ピークを「ハバート・ピーク」,あるいは「石油ピーク」と呼ぶのです。1956年,シェル石油の研究所の地球物理学者キング・ハバートが「アメリカ48州で,石油が1970年頃にピークを迎える」と主張したのです。当然,大反対をされたようですが,彼の予測が当たりました。ですが1970年のピーク時に,それがピークだと気づきませんでした。当たり前です。その時がアメリカ48州は,最大の生産量を誇っているわけですから。

M.シモンズの「Too Late 論」

 去年のパリでの会合にはキャンベル氏に呼ばれて,私も出席しましたが,東洋人は私1人でした。
 アメリカからは,ブッシュ大統領のエネルギー顧問,M.シモンズ氏が話しました。彼はハーバード大学経営大学院を出てテキサス州ヒューストンでエネルギー投資銀行を経営しており,世界中の石油の状況がよく分かっているようです。
 彼は,「ブッシュ大統領は『石油ピーク』を理解している」と言っています。また,「自分が間違っていればいいと思うが」と前置きしながら,「2000年に石油ピークが来た」とも言っています。「ところが,アメリカも含め一般の人たちは,なかなかそれを理解しようとしない。それでも楽観論者と悲観論者が議論を始めたのはいいことだ。悲観論者でも楽観的過ぎる。そして遅過ぎる(too late)」とも言うのです。というのは,現代社会のエネルギー・インフラは簡単には変われないからです。例えば,高い石油時代の後に,石炭や原子力の時代が直ちに来るわけではない。今の石油社会を,急に別のエネルギー社会に変えることはできないからです。石炭から石油に変わるのに,何十年もかかりました。この時は,石炭よりも便利な石油への移行だったので自然に変わったのですが,今度は不便なものに移行するわけですから,そう簡単ではありません。ですから何十年もかかる,待てないというわけです。
 1970年にアメリカの石油生産がピークを迎えていたのに,それに気づかなかったことについて,シモンズは,バックミラーの写真で「通り過ぎないとバックミラーに映らない。ある程度年数がたってから初めて分かる」と述べます。しかし,気づくのが遅過ぎ,間に合わないというのが彼の心配,「Too Late 論」です。

石油の発見と生産の歴史

 世界の石油発見のピークは,ならすと1964年頃となるようです。
図6で示すように,1984年頃に年間生産量と年間発見量が同程度でした。

図6 拡大する石油発見量と生産量のギャップ
図6 拡大する石油発見量と生産量のギャップ
 今は発見がどんどん減り,逆に生産量が伸びています。
 1945年から60年頃までは,年間350億バーレル程発見されていました。1970年代は年間230億バーレルになり,1990年代には年間60億バーレルぐらいに減りました。
 では,どのぐらい石油を使っているかですが,1999年頃は250億バーレルも使っています。発見は生産量の4分の1程度です。現在はもっと増えて,300億バーレルになっています。人類は,過去の貯金を食い潰して繁栄しているのです。300億バーレルと言えば,一頃は「第二の中東」と呼ばれたカスピ海周辺の発見量(約300億バーレル)を,1年で使ってしまうほど莫大なのです。この浪費が継続できるはずがありません。

強まらざるを得ない中東依存

中東という地域の特殊性

  最後の頼りが中東です。


図7 2007年以降に来る「OPEC優位」の時代
図7 2007年以降に来る「OPEC優位」の時代
図7は,シカゴ大学のダンカン教授が世界全体について描いた石油生産量のカーブですが,彼は「2006年にピークとなり,いずれOPECに頼らざるを得なくなる」と言っています。
 中東という地域を知るために,地球の歴史を振り返ってみます。
図8に示すように,2億2500万年前,地球は「パンゲア」と言う1つの超大陸にまとまっていました。
図8 大陸の変遷:パンゲアから現在まで
図8 大陸の変遷:パンゲアから現在まで
(http://geology.com/pangea.htmの図を基に作成)
それから,大陸が少しずつ分かれてきました。現在の中東に当たる地域には,内海のテチス海ができ,赤道直下に停滞しました。
 恐竜がいたジュラ紀(1億3300万〜1億8600万年前)には,大量の植物生産量がありました。その頃の地球は温暖で,大気中のCO2濃度は今の10倍だったことが分かっています。気温は10度ぐらい高かったのです。そして生産された膨大な有機物が,内海であるテチス海に沈殿し,陸からも有機物が流れてきたわけです。内海であったテチス海は攪拌されず,酸欠状態が続き堆積した有機物が石油に変わったのです。
 このように地球の歴史上,中東は特殊な場所です。ですから,現在の中東以外に,中東と同じ場所は地球上にもうありません。石油は探せば,まだまだ見つかるというのは幻想です。
 
図9は中東の石油・天然ガス生産が集中する「エネルギー三角地帯」です。

図9 中東の「エネルギー三角地帯」
図9 中東の「エネルギー三角地帯」
(出所:Simmons & Company International, 2003を基に作成)
面積は中東のたった7%に過ぎません。サウジアラビア,世界最大のガワール油田は1948年に発見されました。第2位のブルガン油田は1938年,イラクのキルクーク油田は1927年にそれぞれ発見されました。ガワールは,今は年をとり自噴する力が衰え,水を圧入しています。この狭い三角形に世界が依存しているのですから,これから大変なことになるはずです。

衰えたガワール油田

 ガワール油田も含めて,公式にはサウジ政府は「石油はまだまだある」と言っています。しかし,そうとは限らないようです。世界最大のガワール油田は,長さ約240Km,最大幅約40Kmもあります。生産量は450万バーレル/日です。日本の輸入量が約500万バーレル/日ですから,日本全部の分をここで生産していることになります。また,これはサウジの石油生産量の60%に当たります。2番目のブルガン油田の生産量は100万バーレル/日ぐらいですから,ガワール油田がいかに巨大かが分かります。ですから,ガワール油田がこければサウジがこけ,世界がこけます。
 “Ghawar is dying”(ガワールは死につつある)という言葉があります。60歳のガワール油田では,毎日700万バーレル(約100万トン)の海水がペルシャ湾のある東側から圧入され,自噴圧力が維持されています。
 
図10は油層の構造図です。

図10 ガワール油田における石油生産
図10 ガワール油田における石油生産
黒丸が生産井,水圧入井は白丸で示されています。

オイルサンドは中東原油の代替にならない

 エネルギー資源では「質」が大切ですが,これは出力エネルギーと入力エネルギーの比率(Energy Profit Ratio:EPR)などで表されます。若い油田のEPRは,例えば50とかの値です。今,アメリカでは3ぐらいとも言われています。これが1.0になったら,もう意味がありません。
 「石油がなくなったら,オイルサンドがある」という話をする人がいますが,これにはかなり誤解があります。
図11は,カナダ・アルバータ州北部のアサバスカ・オイルサンドの露天掘り現場の人工衛星映像です。

図11 アサバスカオイルサンドの採掘現場
図11 アサバスカオイルサンドの採掘現場
(出所:資源・環境観測解析センター)
ここでは約50万バーレル/日の重質油を生産しています。実際に採算がとれているわけですが,EPRは1.5くらいです。通常の油田と違い,自噴しないので,鉱山のように砂を採掘,処理しますから大量のエネルギーと水を使います。
 この映像に見るように,排水は湖のように大きな池に貯められています。環境破壊はかなりなものです。1.5というEPRには,環境修復は入っていないでしょうから,実際のEPRはもっと小さいはずです。「オイルサンドなど,重質油がまだまだある,大丈夫」という話は,ほとんど間違いなのです。重質油の量そのものは中東原油と匹敵するというのですが,それを取り出すエネルギーは膨大で,しかも重質油であり環境負荷も大変です。

エネルギー問題の深刻さ

温暖化対策と同じ真剣な取組みが必要

 
図12は,世界の一次エネルギー累計生産量です。

図12 世界の一次エネルギー生産量の実績と予測
図12 世界の一次エネルギー生産量の実績と予測
(図をクリックすると拡大します)
地球温暖化問題について「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は,何ら温暖化対策を講じないケース(BAU: Business As Usual)では一番上の線,省エネルギーに努めて一番下になるとしています。いずれにせよ,今後は温暖化が深刻になるということです。
 ところが,「石油ピーク」の考え方に立つと,エネルギーの累積生産量はIPCC予測の最低線すら下回ってしまいます。石油がいくらでもある,と思って温暖化対策を考えるのと,「石油ピーク」を理解して対策を考えるのとでは,その論理に雲泥の差があるはずです。だからと言って,地球温暖化対策をしなくて良いというのではありません。温暖化対策に,今まで以上本気で取組む必要がある,浪費型の現代社会を本気で変える必要がある,というのです。しかも,この「石油ピーク」の影響は,ここ10〜20年の話なのです。

「食の問題」に直結する「石油問題」

 石油問題は,徹底的に食の問題,農業の問題でもあります。石油で作る窒素肥料,殺虫剤,除草剤など,大量の合成化学物質で近代農業が成り立っているからです。そして,大型の農業機械なども石油で動きます。「石油=農業」なのです。
 旧ソ連からの石油援助が途絶えた北朝鮮が今飢えているのは,天候不順などによるものではなく,現代の工業化農業の弱さが石油切れで露呈した典型例なのです。ところが,同じ状況に置かれたキューバは自然に戻った,有機農法に戻ったのです。キューバの人は飢えなかった,大きな違いです。

さいごに

人類の工業化社会,現代文明の繁栄はインパルス

 
図13はダンカンが描いた,数千年の超長期でみた人類の過去,未来です。

図13 人類の過去と未来
図13 人類の過去と未来
(図をクリックすると拡大します)
縦軸はエネルギー消費です。1人当りエネルギー使用量がピーク時の37%のポイントは1930年と2025年で,その間を「工業化社会」と言っています。ところが,今のままでは,紀元3000年には人類はまた裸に戻ってしまいます。 左右の顔も比較してください。
 これからは「何とかなる」ではなく,どうすれば持続可能か本気で考え,できることから始めなければならないのです。75%が山岳地帯の日本列島では,欧米の大陸型社会をまねるのでなく,最大限に自然と共に生きる知恵を働かせる必要があると思います。
 幸い,国民の意識が変わってきました。内閣府が平成11年に行った世論調査では,
図14に示すように,「心の豊かさを優先する」が57%,「物の豊かさが優先する」が29.3%となっています。

図14 「心の豊かさ」へ変わる国民意識
図14 「心の豊かさ」へ変わる国民意識
両者が入れ替わったのは今から20年前でした。国民の意識は20年前から変わっているのです。
 優れた「集中エネルギーである石油」が「都市への人と物の集中」を可能にしました。この石油が本当に翳り始め,もう危ないのです。これからの21世紀は,20世紀とはまったく違う発想をする必要があります。それができなかったら,人類は3000年頃には,この図のように,また裸になってしまいます。日本人がその最初の手本になることのないように,と願っている次第です。ご静聴ありがとうございました。(拍手)

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