季報 エネルギー総合工学 Vol26 No.2(2003. 7) > 特別講演

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icon 季報 エネルギー総合工学 Vol26 No.2(2003. 7)

山路 敬三 氏 〔特別講演〕

エネルギーから見た環境・食糧問題

  石井 吉徳
    (富山国際大学教授,東京大学名誉教授)
〔略歴〕
 1955年東京大学理学部物理学科(地球物理学)卒業。1978年東京大学工学部資源開発工学科教授,1996年環境庁国立環境研究所所長,1988年日本学術会議会員,日本リモートセンシング学会会長などを歴任。
 現在,富山国際大学教授,東京大学名誉教授,日本工学アカデミー会員,アジア環境技術推進機構理事長,地球子どもクラブ会長などを務めている。
 専門分野は環境学,資源・エネルギー論,リモートセンシング,物理探査学。


はじめに

地球温暖化問題はエネルギー問題そのもの

 今日の私の講演タイトルは「エネルギーから見た環境・食糧問題」ですが,合同シンポジウムのタイトルは「地球温暖化と技術の役割」とあります。地球温暖化はエネルギー問題そのものですから,エネルギーを主題にするこれからの話は,そのまま温暖化について語ることになると思っています。
 現代文明を支えるエネルギーの主役は石油ですが,これが生産ピークを迎えつつあるという見解があります。人類は石油資源をもうほぼ半分使ってしまった,安く豊かな石油時代がもう終わるというものです。まだ一般的な見解ではありませんが,世界の石油の需給を見るとそう考えざるを得なくなります。
 この石油生産量の減退は,地球温暖化対策にとって望ましいことですが,社会は大きな影響を受けます。石油に依存する現代農業もそうです。北朝鮮の食糧危機は,旧ソ連からの石油供給が途絶えた結果と見られますが,同じように石油が止まったキューバでは,そのようなことは起こりませんでした。伝統的な自然と共に生きる農業に戻ったからです。
 2002年,ヨハネスブルグで開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(環境サミット)で,アナン国連事務総長はこれからの人類の重要課題はWEHABであると述べました。Water(水),Energy(エネルギー),Health(健康),Agriculture(農業),Biodiversity(生物多様性)のこと,これにPoverty(貧困)問題が加わるといいました。この中で特にエネルギーと農業の重要性については,日本にもかなり当てはまります。日本の農業は,石油から作る肥料,農薬,殺虫剤を大量に使い,石油で農耕機械を動し,広域に環境汚染しているからです。このように,農業は石油と関連が深い産業なのです。


終わりつつある「集中の時代」

再生可能,自然エネルギーへの移行

 20世紀は石油を大量に消費し,工業化,大量生産に邁進した世紀でした。これは都市が巨大化する中で人口と情報が集中する「集中の時代」と言えますが,この集中化を石油が支えました。この石油生産量がピークを迎えようとしています。英語では“Oil Depletion”,“Peak Oil”などと言われています。これは決してもう石油が枯渇するという意味ではありません。しかし今までの集中化ではなく,分散化の時代,脱石油文明が来ると言って良いでしょう。当然温暖化対策にも大きな影響がある筈です。自然,再生エネルギーを使う,自然と共に生きるよう努力しなければならないでしょう。
 自然と共に生きるには,人類が地球上,できるだけ広く分散して資源を利用する必要があります。これは最近話題の「地方分権」にも沿うことで,これが新しい21世紀型文明のように思えます。これは化石燃料の大幅減につながること,単なる省エネルギーではない新文明の創造の話です。

半分になった地球の森

 かつてレバノン一帯には,鬱蒼たる森があったそうですが,現在は図1のような残骸が2,3ケ所あるだけです。エジプトの王が死後,天国に行くための船もレバノン杉で作られましたが,その古代の船は今も残っています。古代から文明は森が支えました。そして次々と無くなりました。それでもレバノンの杉が一部でも残っているのは,ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が世界自然遺産に指定したからと見られます。
 写真のように,レバノン杉の森は羊などが荒らさないよう石の柵で囲まれていますが,一回りするのにいくらも時間はかかりそうにありません。ところが,この杉に心ない観光客が名前を彫るそうです。これが人間なのでしょうが。「文明はその欲望において,留まるところを知らない」と言う言葉を思い浮かべます。このようにして,地球の森は半分になりました。

僅かに残ったレバノン杉の森

図1 僅かに残ったレバノン杉の森

半分になった地球の石油

 森林は地上にあるので目で見えます。しかし地下資源である石油は見えません。そのためか,石油はまだまだあると思う人が多いようです。しかし,人類はもう石油の半分を使い切ったようです。地球は有限,資源は有限なのです。私が今日最も申し上げたいのは,このことですが,一般の方にはなかなか理解されません。
 地球環境問題も猶予できません。巨大化した人類の営みはもう限界に来ています。今のままでは,現代文明は持続できないのです。地球温暖化はそれを人類に教えているのでしょう。資源に乏しい日本は,もう持続というレベルでなく,生存を考えるべきです。日本はエネルギーも食糧も自給できないからです。

不便なエネルギー資源への移行

 石油は背斜構造,断層などのトラップに集まります。それが油ガス層,油田ですが,そこに穴を開けると石油,天然ガスは強烈に自噴します。同じエネルギー資源でも,石炭にこのような性質はありません。この「二重の濃縮メカニズム」が,石油資源の際だった特徴で,しかも多目的な非常に優れた流体資源なのです。余談になりますが,メタンハイドレートはそうは行きません。濃縮メカニズムを全く持っていないからで,これを石油の延長線上で考えると基本戦略を誤ります。
 石炭はかつて産業革命を支えましたが,20世紀に入り「より便利な流体エネルギー資源」である石油に移ったわけです。これに限界が来ると言うのですが,今度は石油ではない何かより不便なものに移るのですから,相当な覚悟が要ります。

移行にはかなりの年数

 石油,天然ガス,ウランの残存量を表1に示しました。ウランも73年使えばなくなる有限資源です。これらの非再生的資源から,人類はいずれ再生可能,自然エネルギーに移るしかない運命にありますが,社会はそのようには動きそうにありません。「石油はまだ43年ある」と思うからですが,それは間違っているのです。価格はしだいに不安定になると見られます。それは資源とは条件の良いものから先に採られるものだからです。まだ半分石油がある内に石油後に備え始めたとしても,移行するまでに何十年もかかるでしょうから,間に合うかどうか,分からないのです。しかも今度は石油からより不便なものに移るわけですから,よほど戦略的に考えないといけません。
 さらに太陽,風力など,再生可能エネルギーだけで,今の工業化社会を支えるのは不可能です。自然エネルギーは総量が多くても,濃縮されていないものです。よく「無限の太陽エネルギーを使えば大丈夫」と専門家も言いますが,それは間違っています。
 脱石油のもう1つの問題は農業です。大量の石油に依存し,食糧輸送,食品加工にも大量に石油を使っているからです。日本は食糧を3割も捨てる国で,これも改めなければなりません。石油は化学工業の原料としても非常に重要なものです。このように,脱石油は大変なことなのです。
 「石油の後は天然ガス」とも言われます。しかし天然ガスは化学原料として石油より劣り,運輸用には不向きです。ジェット機は天然ガスでは飛びません。液化など,社会のインフラを根底から見直す必要があります。しかし,“Think globally, act locally”,今日からでもできることは少なくありません,先ず「浪費しない」ことです。

表1 世界のエネルギー資源量

  石油 天然ガス 石炭 ウラン
全世界の確認可採埋蔵量(R)注1) ('98年1月1日現在)
10,195.46億バレル
('98年1月1日現在)
143兆m3
('93年末)
10,316億t
('95年1月)
451万t
地域別賦状況 北米 2.6% 4.6% 24.2% 17.0%
中南米 12.4 5.6 1.1 5.8
西欧 1.8 3.3 7.3 3.1
中東 66.4 33.9 0 0
アジア・太平洋 4.1 6.3 30.9 24.0
アフリカ 6.9 6.9 6.0 16.6
CIS・東欧 5.8 39.4 30.6 33.5
年生産量(P)注2) ('97年)
64,940千バレル/日
('96年)
233百億m3
('93年)
44.7億t
('94年)
3.1万t
全世界の可採年数(R/P) ('97年)
43.0年
('95年)
61.6年

231年
('94年)
73年注3)
出所 注1) Oil & Gas Journal
('97年12月29日)
Oil & Gas Journal
('97年12月29日)
世界エネルギー会議 OECD / NEA / IAEA
('95年)
注2) Oil & Gas Journal
('97年12月29日)
Oil & Gas Journal
('97年12月29日)
注3) ウランについては、十分な在庫があることから年生産量が年需要量(6.1万t)を下回っている。
このため可採年数については、確認可採埋蔵量を年需要量で除した値とした。

「完全循環型社会」はエネルギー多消費社会

 図2で示すように,我々は資源,エネルギーを大量に使って,大量生産,大量消費,大量投棄を行っています。このやり方を改めて循環させるべきというのが今の日本ですが,そう簡単ではありません。自然の循環に膨大な太陽エネルギーが使われているように,人間社会の循環にも大量のエネルギーが必要だからです。ゼロエミッションも,文字通り実行すれば,おそらく無限のエネルギーが必要となるでしょう。「ゼロは無限」と思うべきで,このように社会の在り方は,エネルギーと切っても切れない関係にあります。

循環型社会の概念図

図2 循環型社会の概念図

世界の石油生産量は2010年までにピークを打つ

 図3は米エネルギー省による,「エネルギー未来」ですが,これでは石油はまだまだ増えると見ています。そして環境に優しい天然ガスは更に増えるとしています。石炭も増えますが,原子力は横這いです。再生可能エネルギーは,少しずつ増えるだけで,結局,石油はまだまだ大丈夫ということになりますが,実際にはそうはいかないようです。

エネルギー需要予測

図3 エネルギー需要予測

 図4は世界の石油生産量予測で,このようなカーブのピークのことを「ハバートピーク」と言います。それはアメリカの石油地質学者,キング・ハバートの名前から来たものですが,1956年の「アメリカの石油生産量は1970年にピークを打つ」という予測通りに,アメリカの石油生産量はピークを打ちました。その後このカーブを「ハバートカーブ」,ピークを「ハバートピーク」呼ぶようになりました。
 この考えを,全世界の石油生産量に拡張したのが一番上です。これはダンカンという研究者によるもので,カーブのピークは2006年です。2006年には,世界の石油生産量がピークを打つというものですが,カーブは緩やかですから2006年という数字に大きな意味があるわけではありませんが,2010年よりも前に世界の石油生産量が頭打ちになる,ということが重要です。
 この分析には,2種類の膨大な統計データが使われています。1つは過去の生産量でこれは既知,もう1つが石油の推定埋蔵量でこれはカーブの下の面積に相当します。これから言えること,それは人類が石油埋蔵量の半分を使ったと言うことです。

世界の石油生産量:過去と未来

図4 世界の石油生産量:過去と未来

 表2は世界の42カ国のハバートピークで,これによると殆どの国で生産のピークが過ぎており,余力のあるのは中東だけであることが分かります。図5に「OPEC優位」と示されているのは,最後に頼りになるのは中近東OPEC(石油輸出国機構)諸国だけという意味です。最近カスピ海周辺で埋蔵量300億バレルの油田が発見されたと報道されていますが,これは人類の1年分の消費量でしかないのです。人類はそのくらい大量の石油を,がぶ飲みしています。

表2 世界の42カ国のハバートピーク

ピーク年 石油生産量(10億バレル/年)
ピーク年 1997年 2040年
1 カナダ 2008 1.07 0.93 0.41
2 メキシコ 2001 1.32 1.24 0.11
3 米国 1970 4.12 3.01 0.42
4 アルゼンチン 2001 0.33 0.31 0.05
5 ブラジル 2007 0.39 0.31 0.14
6 コロンビア 2009 0.29 0.24 0.11
7 エクアドル 2002 0.15 0.14 0.05
8 ペルー 1982 0.07 0.04 0.02
9 トリニダート 1977 0.08 0.05 0.02
10 ベネズエラ 2005 1.47 1.23 0.79
11 デンマーク 2002 0.10 0.08 0.02
12 イタリア 2003 0.05 0.04 0.01
13 ノルウェー 2000 1.27 1.23 0.18
14 ルーマニア 1976 0.11 0.05 0.01
15 英国 1995 1.01 0.98 0.23
16 旧ソ連 1987 4.62 2.70 1.40
17 イラン 1974 2.21 1.36 0.85
18 イラク 2010 1.95 0.44 1.08
19 クウェート 2018 1.71 0.76 0.95
20 オマーン 2002 0.36 0.33 0.07
21 カタール 2009 0.38 0.25 0.07
22 サウジアラビア 2011 3.92 3.42 2.04
23 シリア 1995 0.22 0.21 0.04
24 ア首連 2017 1.77 0.99 0.62
25 イエメン 2004 0.17 0.14 0.05
26 アルジェリア 2002 0.58 0.53 0.10
27 アンゴラ 2003 0.30 0.27 0.05
28 カメルーン 1985 0.07 0.05 0.01
29 コンゴ 2003 0.11 0.09 0.01
30 エジプト 1993 0.35 0.32 0.06
31 ガボン 2000 0.14 0.14 0.03
32 リビア 1970 1.21 0.54 0.27
33 ナイジェリア 2004 0.96 0.83 0.30
34 チュニジア 2008 0.04 0.03 0.02
35 オーストラリア 2002 0.28 0.25 0.06
36 ブルネイ 1979 0.09 0.06 0.02
37 中国 2002 1.23 1.17 0.46
38 インド 2003 0.31 0.29 0.08
39 インドネシア 1977 0.63 0.57 0.18
40 マレーシア 2001 0.27 0.27 0.06
41 パプアニューギニア 1993 0.05 0.03 0.01
42 ベトナム 2005 0.09 0.07 0.02
  42カ国 2006 31.00 26.00 11.50
  世界 2006 31.60 26.50 11.70

2007年以降に来る「OPEC優位」の時代

図5 2007年以降に来る「OPEC優位」の時代

石油発見量は減り続ける

 表3は,1945年から1999年までの石油発見量です。第二次大戦直後の1945年から60年では,平均年350億バレルもの石油が発見されました。それが70年〜90年には230億バレルとなり,1990年〜99年は60億バレルへと急減しました。世界の石油消費量は年250億バレルです。つまり発見量は消費の4分の1しかないのです。最近の消費量は年280億バレルです。

表3 世界の石油発見量の推移と消費量

時期 年間平均石油発見量(10億バーレル) 特記事項
1945〜1960 35 主に中東地域
1970〜1990 23 石油危機の影響
1990〜1999 6 年消費量の25%以下
1990〜1999 25:平均年消費量  
2000 28:推定年消費量  

 中東の世界最大のガワール油田は,サウジアラビアにありますが,これは1940年代に発見されたものです。湾岸戦争で,イラクが火をつけた世界第2位のブルガン油田は1937年に発見されました。世界の巨大油田は多くは40〜50歳の年寄りなのです。石油探査技術は,その後も大変進歩していますが,発見量は減っている,「石油が減ってもマーケット原理が働くので,技術は進歩し油田はいくらでも発見される」と人は言いますが,事実はその逆です。石油は発見されてから生産されるもの,世界的な石油発見のピークは1964年頃で,これに対して生産ピークは2006年と,40年ものずれがあります。言い換えますと,過去のストックを今使っているのです。それこそ石油が無尽蔵にあるかのようにです。


石油,農業,食糧

農業は石油依存

 現代農業は図6で示すように,石油化学工業からの大量の肥料,殺虫剤などに依存しています。農耕機械は石油なしには動きません。その石油時代が終わりつつあるというのです。現代農業は本気で,今からこれに備える必要があります。自然と共存する有機農業に移行するのです。そうすれば,農業起源の広域環境汚染もかなり軽減されます。
 私は今富山におりますが,富山の農耕地は96%が水田です。これには大量に農薬が使われています。秋にはあたりが白く曇るくらい,農薬が散布されます。ミミズ,虫などは,あまりいないのだそうです。昔は富山には夏は蛍,秋は赤トンボと,虫が沢山いました。しかし今の富山の田園はとても静かです。レイチェル.カーソンの『沈黙の春』が現実となったようです。虫がいない,だから小鳥もいない。音のない田圃の舗装道路を猛スピードで車が走るのを見るのは侘びしいものです。

石油に依存する現代農業

図6 石油に依存する現代農業

低い日本の食糧自給率

 図7は日本の食糧自給率の推移です。もうカロリーベースで40%しかないのです。日本はエネルギーだけでなく,食糧でも自立できない国となったようです。図8のように同じ工業国のイギリス,ドイツと比べても,食糧自給率は異状に低く昭和40年頃の60%から減り続けています。イギリスも,かつて46%だったようですが,今では71%です。ドイツも高く,フランスはもともと農業輸出国で,食糧は豊富です。

わが国の食料自給率の推移(%)

図7 わが国の食料自給率の推移(%)

食料自給率の国際比較

図8 食料自給率の国際比較

 日本の異状さはこれだけではありません。農業従事者の年齢が異常に高いのです。表4のように日本では35歳未満が2.9%しかなく,65歳以上が51.2%です。人数も少ないようです。これに対しイギリス,フランスでは35〜40歳代の壮年が食糧を作っています。

表4 農業従事者の年齢層別構成と国際比較

日本 フランス イギリス
年齢層
35歳未満 2.9 28.2 31.7
35〜44 7.1 28.3 22.2
45〜54 14.6 26.8 22.0
55〜64 24.2 12.7 16.3
65歳以上 51.2 3.6 7.8

 もう1つの問題は石油浸け農業が,食糧としてエネルギーを生産していないことです。表5のように,稲作の産出エネルギー(食糧)と投入エネルギーの比,産出/投入エネルギー比は1950年当時1.27%であったものが,1974年には0.30に低下しています。これは日本に限ったことではないのですが,日本で広く行われる先端的なハウス,水耕農業では,この傾向は特に激しく,いわゆる季節はずれの食糧生産は極端なネルギー浪費型です。

表5 稲作における投入エネルギー

  1950年 1974年 1974年/1950年
投入エネルギー
(肥料、燃料、農薬など)
38.39 197.44 5.14
産出エネルギー
(玄米収量換算)
48.72 74.34 1.53
産出/投入比 1.27 0.38 0.30


これから考えるべき事柄

資源の有限性を取り入れた経済学

 今主流の資本主義経済学は「新古典派」と呼ばれています。これはアメリカ発で,この経済学は地球を無限と思うようです。しかしこれを疑問視する人は次第に増えてきました。「第3の経済学」,「もう1つの経済学」と言う言葉が聞かれるようになりました。「第3」とは,主流の2つの経済学,マルクス経済学,資本主義経済学でない,と言う意味です。まだまだ亜流ですが,これからの経済学でしょう。
 実は19世紀後半には,このような経済学が芽生えていました。イギリスの産業革命の頃で,当時,石炭が大量に使われ深刻な大気汚染が起きると同時に,石炭の枯渇が心配されるようになりました。公害と資源枯渇です。この時に限界を意識する経済学が現れたのです。有限資源観の芽生えと言っても良いでしょうが,この先駆的な思想も,石炭に代わり石油が表れるに従って,忘れ去られました。
 この「もう1つの経済学」は,その後1973年,第1次石油ショックで再び日の目を見たのです。ニコラス・ジョージェスク=レーゲンのエントロピーに立脚した経済学です。石油ショックが地球の有限性を人々に教えました。レーゲンは,「経済のプロセスはエントロピー的である,それは物質,エネルギーの生産も消費もしない(熱力学の第一法則),ただ低エントロピーを高エントロピーに変換するのみ(熱力学の第二法則)」と述べています。この哲学的な経済学は,自然現象ではエントロピーは増大する(分散する)方向にしか進まない。その逆(集中)はないという原理に立つものです。

自然系と循環型社会

 自然の生態系は太陽エネルギーで維持されています。植物は大気中の二酸化炭素と水を原料に光合成で,炭素を固定し有機物を作ります。これを原点として,有機物は食物連鎖で次々と消費され,微生物などに分解され,最終的に元の二酸化炭素に戻ります。ここで重要なのは太陽エネルギーの存在です。循環には必ずエネルギーが必要なのです。この巧妙なシステムは,何億年もかけて自然が作り上げたものです。
 これに習って,ゴミを資源として循環させようというのが,最近の循環型社会論ですが,これにも必ずエネルギーが必要です。例えばゼロエミッションですが,これを文字通り実行すれば膨大なエネルギーが要ることを改めて指摘させて頂きます。
 日本の物流は「見えない物流」まで入れると57億トンですが,これを全部循環して始めてゼロエミッションということになります。これには前にも述べましたように天文学的な量のエネルギーが必要でしょう。とても実現不可能です。
 「循環資源」と言う言葉もありますが,「資源とは何か」をよく考える必要があります。資源とは「濃縮されている」もののことです。この観点から,「質の良いゴミ」と「質の悪いゴミ」を区別して考えるべきです。


おわりに

 もう時間が来たようです。エネルギーから,環境そして食糧へと話が多岐にわたりました。それは私の頭の中で,これらが皆つながっているからですが,一般にはそうではないでしょう。今までの話が,十分ご理解頂けたかが心配です。石油生産量ピークの話は,特に受け入れ難いかも知れません。ピークというのは,石油生産量が最も多い,最も豊富な時ということですから,この話は原理的に分かりにくいものです。バブルが弾けて始めて「あの時がバブルだった。ピークだった」と分かるように,その最中には分からないものなのです。
 しかし,エネルギーは国家の安全保障の要であると同時に,人類の最も大きな問題でもあります。これからは全ての先入観,あらゆる予断を捨てて21世紀型の持続可能な文明作りに取り組む必要があります。多様な価値観を受け入れるのです。異質,異端,独創を避けたがる日本人は,特に心すべきです。繰り返しますが,21世紀は20世紀の延長線上にありません。エネルギーの観点から考えて,必然的にそうなります。
 私は個人でホームページ「国民のための環境学」(http://www.ietepa.org)を開いております。ぜひご覧頂ければと思います。これで私の話を終わります。(拍手)


*本稿は,本年2月28日の日本工学アカデミーECC作業部会/エネルギー総合工学研究所月例研究会合同シンポジウム「地球温暖化と技術の役割」におけるご挨拶を,本誌掲載のためにテープ起こししたものです。

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